ポール・オースターという名前を聞いてピンと来る人は、はたして世の中にどれだけの人がいるだろうか?
海外小説が好きな人でも、古典ではなく、現代作家に多少の造詣がある人なら、必ず反応する名前だ。しかしながら、メジャーな作家かと言えば決してそうではない。かといって、カルト作家だと言われるほど、マニアックな作家ではない。
オースターの作品に触れるきっかけは、村上春樹の影響によるという人も多いだろう。ただ、彼がオースタの作品の翻訳しているわけではなく、彼と親交の深い柴田元幸氏が全ての作品を翻訳しているところで、興味を持って読み始める人が多いようだ。
そして、村上春樹の作品が好きな読者なら、オースターの作品はほぼ好きになる傾向があるように思える。
折に触れて、私自身もオースターの作品を読む直すことがある。これは、一種の中毒のようなもので、数年間のブランクがあっても、ときに強く彼の不思議な物語に触れたくなる。何故そうなってしまうのかは、理由はわからない。
彼の物語の特徴は、偶発性と重層性だ。突発的で些末な出来事が人生の歯車を狂わせ、物語をあらぬ方向に進めてしまう。
そしてその止めることのできない偶発的なストーリーがひとつの小説のなかで重層化していく。
たった一試合のポーカーの勝負で人生が狂い始める男、またとあるバイトをしたことで、自分の出生の秘密を知ってしまうもの。ここには人生の教義めいたものはない。あくまで偶発性による出来事が物語の加速度を上げていくのだ。
彼の作品を初期から読んでいくと、「記号性」→「偶発性」→「寓話性」→「多層性」と進化を遂げていることがわかる。
これはある種、我々の人生のようなものと同じなのかもしれない。今後どのように彼の物語が進化していくのかとても興味深い。
たまに飲み会や会食で、本の話になった時、オースターが好きな人と出会うことがある。これは本当に嬉しい経験だ。まるで自分たちの秘密を分かち合ったような気分になる。
いつかオースター好きな人たちと、飲み会でもしてみたいものだ。
ということで、お気に入りの彼の作品をピックアップしてみる。独断と偏見ですので、ご了承ください。
1.ムーン・パレス
オースターの代表作。極上の青春小説と紹介されているように、まさに誰しも受け入れやすい作品だ。大学生の主人公の恋愛や出会いを通して自分自身のルーツに辿り着いていく傑作の物語
2.偶然の音楽
人生の諦めた男がアメリカ大陸を横断しているなかで、若者の賭博師と出会う物語。題目のように偶然により人生が変わってしまうことを強く感じさせる。読んでいて、物語がどう転んでいくのかがわからない。まるで即興の音楽のような小説だ。
3.ミスター・ヴァーディゴ
空を飛ぶという曲芸を極めようとする少年と師匠の話。寓話的でありながら、とてもリアリティのある不思議な物語だ。オースターの作品の特徴として、非現実を現実として物語を構成として認識させる力が強く、それを感じさせてくれる傑作だ。
4.幽霊たち
ブルー、ブラックという登場人物の名前、また探偵小説のフォーマットを使った寓話的な構成。記号性を極限まで極めた初期の傑作。物語のフォーマット自体に疑問を投げかけるこの作品は、夢中で一気に読むことができる。
5.闇の中の男
後期(最近)の作品は、小説の重層性を強調している特徴が見られる。そのなかでこの作品は、重層性を極めた作品だ。舞台は、とある一家。また主人公は、ほぼ寝たきりの老人。しかしこの小説には戦争があり、裏切りがあり、冒険活劇がある。この重層性こそが彼の後期の強みであるように思う。
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