感性を磨くために、感覚を剥がす

 人によって趣味は様々だ。インドア好きの人もいれば、アウトドア好きの人もいる。それぞれ経営者であれ、従業員であれ、フリーランスであれ、老人、子供であれ、誰であれ趣味は持っている。
 
 個人的には、私は超のつくインドア派で、暇があれば読書をしたり、音楽を聞いたり、映画を見たりしている。どこかで1週間程、時間を作り、どこかのコテージに行き、好きなモノを読んだり、聞いたり、観続けたりしたい。
  また私は大学時代の頃、全くと言っていい程、大学に行かなかったが、この読書や音楽鑑賞だけは徹底しようと決めていた。正確には好きだから、それに溺れていただけかもしれないが。

 読書は、高校まで殆ど本を読んだことがなかったが、大学に入り、とりあえず世界の文学を片っ端から読んだ。
 ドストエフスキーやトルストイなどのロシア文学、またディケンス、カフカ、ヘッセなどの古典の巨人たち。またアーヴィングやオースターなどの現代のストーリーテラーの作品なども読んだ。当初は、読書することは少し苦痛だったが、だんだんと読むことが楽しくなっていた。

 また音楽もしかりで、ビートルズやローリングストーンズ、ドアーズ、ボブディランなどの古典ロックから、マイルスデイビス、コルトレーンなどのモダンジャズ、はたまたアンダーワールドやケミカルブラザーズ、ジェフミルズなどのフロア系の音楽まで、金が許す限りCDやレコードを買い漁った。
 ちなみに当時、不動産会社で学生時代にバイトしていたのだが、給料は殆どCDに使っていた。

 今、あれから20年経ち、つくづく思うのだが、あのような様々な一流のものを浴びる時間は、人生のとても有益な時間だったと思える。知らない本や音楽は未知の体験であり、知らないものを手にすることは、人生を豊かにする。当時、全く将来役に立たないだろうと考えていたが、そんなことはない。様々な場面で、人の気持ちの機敏みたいなものを感じることができたり、当時聞いていた音楽に出会うと、まるで昔の友人と再会したような気分になる。これは、なかなかの素敵な経験ではないだろうか。

 さて、そんなインドア一直線の私が、先日キャンプに行ってきた。一泊二日、男同士でテントを張り、火を炊き、飯を食い、飲み騒ぎ、起きて、片付けて帰る。それはそれはとても楽しい時間だった。
 実のところ、少し前までは個人的にキャンプや登山などは、一番苦手なタイプだった。
 文明が発達しているなか、何故いちいち原始時代に戻るような生活をするのか、また飛行機で空を飛べるのに、何故いちいち自分の足で高いところに登らなくてはならないのか。そのようなことを喜んで行う人たちを当時は不思議な気分で見ていた。

 しかし、当然のことながら実際行うと、これが楽しい。
 そしてそのような体験をどこかで望んでいる自分がいた。
 
 キャンプの後、1つ気づいた事がある。キャンプからの帰路、ひとりで車を運転していた時に、何気にラジオを流した。たしかエドシーランだったと思うが、それが全く普段に比べ、「聞こえ方」が違っていた。普段の移動中や部屋で聞いている音楽よりも、豊潤で繊細な音に感じ、心底、心が震えた。そしてその次の曲も、その次の曲も、自分の心は揺さぶられ続けた。

 これは、おそらく今までの「感覚」みたいなものがアップデートされたのだろう。自然に触れ、木の匂いや森の音を聞くことで、何かの感覚が震わされ、感性が豊かになったのだと思う。このような体験を求めて人は、旅をしているのだろうと思った。

 インプットをし、様々な芸術的なものに触れて感性を磨く。また外に出て、五感でいろいろなものを感じ、感覚を剥がしていく。
 そうすることで、人生はより豊かになるのではないかと感じる。
 
 生きている時間は有限だ。思いのほか、あっという間に人生は終わる。

 仕事のやりがいを見つけ、たくさん働き、また同時に様々なものに触れ、また新しい体験をする。
 まだまだ楽しみは沢山ある。

 是非、書を読み、音楽を聞き、旅に出ることをお勧めする。
 
 
一生、仕事をし続けること
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